生年月日データベース

種田仁たねだひとし

プロ野球選手、コーチ[日本]

1971年 7月18日 生 (満48歳)

種田仁 - ウィキペディアより引用

種田 仁(たねだ ひとし、1971年7月18日 - )は、大阪府八尾市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)、野球指導者。
プロ入り前 1989年、上宮高校3年時の第61回選抜高等学校野球大会では、決勝の東邦戦10回裏、優勝まであと1死まで迫りながら自らの悪送球(記録上は右翼手のエラー)により逆転サヨナラ負けを喫して準優勝(水谷勝海#来歴・人物に詳述)。
第71回全国高等学校野球選手権大会ではベスト8で大越基擁する仙台育英に2-10で敗退。
1989年度ドラフト会議にて中日ドラゴンズから6位指名を受け、専修大学進学内定を辞退して入団。
下位指名ではあったが推定契約金は上位指名選手並みの4,000万円で背番号は一桁の0を与えられるなど、高く評価されていた。
中日時代 1年目の1990年から一軍出場を果たす。
同年は無安打だったが8試合に出場した。
2年目の1991年は仁村徹から二塁手のレギュラーを奪う形で後半戦からスタメンに定着。
最終的に107試合に出場し、5本塁打、打率.272をマークした。

プロ野球選手。ポジションは内野手(主に二塁手)。背番号は0→1→49→12→3番。 通称「タネタネ」 1971年7月18日生まれ。大阪府八尾市出身。A型。右投右打。173cm、80kg。 アマ時代の戦歴 高3センバツは決勝で東邦に敗れ準V。通算打率.406 家族 父・勝(67)母・玲子(60)兄・滋一(39)兄・悟(36) 入団時の契約金と年俸 4500、480 2000年には代打で11打席連続出塁のプロ野球記録も達成した。*1 2005年8月30日、対広島戦で1000本安打達成。 独特のガニ股打法や「タネダンス」でおなじみ。 ガニ股打法の由来についてですが、本人が説明していたところによると、まったく独自に試行錯誤を重ねた結果、あのスタイルに行き着いたのだそう。周囲からはなかなか納得を得られなかったものの、メジャーのジェフ・バグウェル(?)選手が偶然にもほぼ同じ構えをしていることを知り、確信を得た、とのことで。 (引用元 Hatena Keyword)