生年月日データベース

村田修一むらたしゅういち

プロ野球選手[日本]

1980年 12月28日 生 (満43歳)

村田修一 - ウィキペディアより引用

村田 修一(むらた しゅういち、1980年12月28日 - )は、福岡県糟屋郡篠栗町出身の元プロ野球選手(内野手)。
右投右打。
所属事務所はライツ。
経歴= プロ入り前= 小学校時代は軟式野球チーム「勢門ベアーズ」に所属し、中学校時代は粕屋町のボーイズリーグ「粕屋フェニックス」に所属。
中学時代からエースで3番か4番を打っていた。
教師をしていた母が野球だけでなく感性を磨くことや勉強をすることも重要だと考え、中学までピアノを習い、学校の成績はオール5と習い事や勉強にも真剣に取り組んだ。
高校は野球が強く勉強ができる環境だと勧められ、東福岡高等学校に進学する。
東福岡高校時代は投手として3年の春夏に甲子園出場。
春のセンバツでは横浜高校の松坂大輔と投げ合って三回戦敗退、夏の甲子園は古木克明を擁する豊田大谷高校に敗れて初戦敗退だった。
高校通算30本塁打。
また、第3回AAAアジア野球選手権大会では中村順司が率いる日本代表に選ばれ、最優秀防御率(0.00)を記録し優勝に貢献した。
日本大学進学後、硬式野球部に入部。
「投手としては松坂には勝てない。
打者で一番になろう」と考え野手へ転向した。
高校時代からプロのスカウトからも打者としての評価が高く、大学で打撃と守備を磨きプロを目指そうと考えていた。
日大の同期には館山昌平、堤内健、大野隆治がおり、特に大野とは高校・大学ともに同僚で、特に高校時代はバッテリーを組 ……

村田修一さんが誕生してから、43年と328日が経過しました。(16034日)

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