生年月日データベース

仁村徹にむらとおる

プロ野球選手、コーチ[日本]

1961年 12月26日 生 (満62歳)

仁村徹 - ウィキペディアより引用

仁村 徹(にむら とおる、1961年12月26日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手、投手)、プロ野球指導者(現・中日ドラゴンズ編成統括)。
実兄は元プロ野球選手の仁村薫で、現役時代は中日ドラゴンズで一緒にプレーした経験がある(当時、スコアボードなどには「仁村兄(=薫)」「仁村弟(=徹)」と表記されていた)。
経歴[編集] プロ入り前[編集] 上尾高校では、右下手投げのエースとして活躍。
1979年春季関東大会決勝に進み、銚子商に惜敗するが好投手として注目される。
同年夏の甲子園に出場。
1回戦で浪商と対戦、9回二死まで2-0とリードしながら勝利目前で牛島和彦に同点2ランを打たれ、延長11回敗北。
このときの試合は今も甲子園史上に残る名試合として語り継がれている。
卒業後は東洋大学に進学。
東都大学野球リーグでは3年生の時、1982年春季リーグで4年ぶりの優勝を飾る。
8勝2敗の成績を残し、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインを受賞した。
直後の大学野球選手権では、決勝で田中富生、木戸克彦のバッテリーを擁する 法大に敗れ準優勝。
同年秋季リーグは専大に次ぐ2位に終わるが、6勝2敗を記録し最優秀投手、ベストナインを連続受賞した。
この時、1年上のチームメイトに投手の佐藤秀明、外野手の大野久、バッテリーを組んだ捕手の杉本泰彦(日本通運 - 東洋大監督)らがいる。
しかし翌1983年は河野博文、白井一幸ら投打に厚み ……

仁村徹さんが誕生してから、62年と209日が経過しました。(22855日)