生年月日データベース

宇野勝うのまさる

プロ野球選手、コーチ[日本]

1958年 5月30日 生 (満66歳)

宇野勝 - ウィキペディアより引用

宇野 勝(うの まさる、1958年5月30日 - )は、千葉県八日市場市(現:匝瑳市)出身の元プロ野球選手(内野手・外野手、右投右打)・コーチ・野球解説者・YouTuber。
愛称はうーやん。
NPBにおける、史上初(現在まで唯一)の遊撃手としての本塁打王獲得者。
経歴= プロ入り前= 銚子商業高校では遊撃手、3番打者として活躍。
1975年秋季関東大会県予選決勝に進むが、習志野高の鵜野稔に完封を喫し春の選抜出場を逸する。
1976年の夏の甲子園に出場。
エース佐藤斉(住金鹿島)の投打にわたる活躍もあり準々決勝に進むが、この大会に優勝した桜美林高の松本吉啓(明大 - 明治生命)に抑えられ敗退。
2学年上に土屋正勝、1学年上に篠塚利夫、1学年下にプロで同僚となる中堅手の尾上旭がいた。
同年のドラフト会議で中日ドラゴンズから3位指名を受けて、入団する。
プロ入り後= 1978年のシーズン後半から一軍に定着し、遊撃手、二塁手として11試合に先発出場。
1979年には正岡真二から遊撃手の定位置を奪取。
1980年には初の規定打席(29位、打率.245)に達する。
1981年には打率.282、25本塁打の好記録を残した。
しかし守備面では安定感を欠き、1979年以降7年間で6回のリーグ最多失策を記録している。
8月26日の読売ジャイアンツ戦で、7回裏の守備の際に山本功児の打った飛球を捕ろうとしたところ、目測を誤ってボールを頭部に当てるエラーを喫したことが宇野ヘディング事件として知られる ……

宇野勝さんが誕生してから、66年と145日が経過しました。(24252日)

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