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池山隆寛いけやまたかひろ

プロ野球選手[日本]

1965年 12月17日 生 (満60歳)

池山隆寛 - ウィキペディアより引用

池山 隆寛(いけやま たかひろ、1965年12月17日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、コーチ、監督。
NPBにおける現役時代はヤクルトスワローズ一筋のフランチャイズ・プレイヤーとして、1984年から2002年まで19年間プレーした。
フルスイングを信条としており、その豪快なスイングから「ブンブン丸」の愛称で親しまれた。
そのバッティングスタイルから、現役時代は三振が多かったものの、1988年から5年連続30本塁打を達成するなど、主軸打者として活躍、通算304本塁打を記録した。
この通算本塁打記録は2025年に山田哲人に更新されるまで球団記録だった。
引退後は東北楽天ゴールデンイーグルスや東京ヤクルトスワローズのコーチや二軍監督を経て、2026年からヤクルトの監督を務めている。
経歴= プロ入りまで= 兵庫県尼崎市出身。
市立尼崎高校では三塁手、3番打者として1983年夏の甲子園に出場。
2回戦(初戦)では、延長10回の熱戦で加茂川重治を擁する茨城東高に勝って3回戦に進むが、山田武史を擁する久留米商に9回逆転サヨナラ負けを喫する。
1983年11月22日に開催されたNPBドラフト会議では、ヤクルトスワローズ、近鉄バファローズ、読売ジャイアンツ(巨人)の3球団から2位指名を受け、抽選の結果指名権を獲得したヤクルトに入団した。
背番号は36。
なお、ドラフト会議前には、中日ドラゴンズが藤王康晴の交渉権獲得に失敗した場合の外れ1位候補の一人 ……

池山隆寛さんが誕生してから、60年と88日が経過しました。(22003日)

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