福田赳夫ふくだたけお
政治家、内閣総理大臣[日本]
1905年 1月14日 生
1995年 7月25日 死去肺気腫享年91歳
福田 赳夫(ふくだ たけお、1905年〈明治38年〉1月14日 - 1995年〈平成7年〉7月5日)は、日本の政治家、大蔵官僚。
位階は正二位。
勲等は大勲位。
大蔵省主計局長、衆議院議員(14期)、農林大臣(第2次岸改造内閣)、大蔵大臣(第1次佐藤第1次改造内閣・第1次佐藤第2次内閣・第2次佐藤第2次改造内閣・第3次佐藤内閣・第2次田中角栄第1次改造内閣)、外務大臣(第3次佐藤改造内閣)、行政管理庁長官(第2次田中角栄内閣)、経済企画庁長官(三木内閣)、自由民主党総裁(第8代)、内閣総理大臣(福田赳夫内閣)を歴任した。
概要=
東京帝国大学法学部から大蔵省入り。
1947年主計局長となるが、翌年昭電疑獄に連座して退官。
1952年総選挙で当選し政界入り。
岸信介と行動をともにし、岸内閣で自民党幹事長、農相を歴任。
その後の池田内閣では「党風刷新連盟」を立ち上げ、反主流派となる。
佐藤栄作政権の実現に貢献し、佐藤内閣で蔵相、党幹事長、外相など要職を歴任。
佐藤の後継者と目されたが、1972年の自民党総裁選挙で田中角栄に敗れる。
以後田中とは10年に及ぶ「角福戦争」を続けた。
1973年のオイルショックの頃、愛知揆一蔵相の急死後に政敵である田中の要請で蔵相となり、総需要抑制などのインフレ抑制策を指揮した。
その後三木内閣で副総理、経済企画庁長官となるが、1976年大平正芳とともに「三木おろし」に走り、三木退陣後に71歳で首相となる。
首相としては外 ……
福田赳夫さんが誕生してから、121年と39日が経過しました。(44234日)
亡くなってから、30年と212日が経ちました。(11170日)
33064日間 生きました。



