大平正芳おおひらまさよし
政治家、内閣総理大臣[日本]
1910年 3月12日 生
1980年 6月12日 死去心筋梗塞享年71歳
大平 正芳(おおひら まさよし、1910年〈明治43年〉3月12日 - 1980年〈昭和55年〉6月12日)は、日本の政治家、大蔵官僚。
位階は正二位。
勲等は大勲位。
同国第68-69代内閣総理大臣である。
在任中の1980年にハプニング解散などで体力を消耗し、同年6月12日に死去した。
在任中に死去した総理大臣としては最も最近の事例である。
池田勇人の秘書官を経て政界に進出。
宏池会会長として三角大福中の一角を占め、田中角栄内閣の外相として日中国交正常化に貢献。
首相就任までに椎名裁定、三木おろし、大福密約といった苦難があり、田園都市構想や一般消費税構想は実現しなかった。
「アーウー宰相」や「讃岐の鈍牛」の異名がある。
衆議院議員(11期)、内閣官房長官(第21・22代)、外務大臣(第85・86・95・96代)、通商産業大臣(第29代)、大蔵大臣(第79・80代)、読書家、クリスチャン(聖公会)として知られ、「戦後政界指折りの知性派」との評もある。
大平正芳さんが誕生してから、116年と236日が経過しました。(42605日)
亡くなってから、46年と143日が経ちました。(16945日)
25660日間 生きました。



