生年月日データベース

近藤真一こんどうしんいち

プロ野球選手、コーチ[日本]

1968年 9月8日 生 (満56歳)

近藤真一 - ウィキペディアより引用

近藤 真市(こんどう しんいち、本名:近藤 真一(読み同じ)、1968年9月8日 - )は、愛知県一宮市出身の元プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ、スカウト。
現在は岐阜聖徳学園大学硬式野球部監督を務める。
現役時代前半(1987年 - 1992年)は本名を登録名にしていた。
日本プロ野球 (NPB) 史上唯一の一軍公式戦初登板ノーヒットノーラン(昭和時代最後のノーヒットノーラン)達成者。
息子の近藤弘基も元プロ野球選手で、2020年から父と同じく球団職員に転じている。
経歴= プロ入り前= 1971年に父が他界。
小学4年の時に野球を始める。
一宮市立南部中学校卒業後、享栄高等学校で長谷部裕とバッテリーを組み、3年生だった1986年には春・夏連続で甲子園大会に出場。
夏の甲子園では、1回戦の唐津西戦で近藤が1安打15奪三振で完封したものの、その後にベンチ入りメンバー2人(うち1人は控え投手)を含む部員5人が喫煙した不祥事により当該部員が登録抹消され、投手は近藤1人しかいない状態になった。
それでも2回戦で優勝候補の一角と言われていた東海大甲府高校相手に1失点に抑えて勝利し(3回戦で高知商業高校に敗退)、プロ野球チームのスカウトから「精神力が強い」と注目された。
球速140 km/h台中盤から後半の直球と大きく縦に割れるカーブ、さらに高校生離れした風貌と貫禄で10年に一人の逸材と注目を浴びる。
同年のドラフト会議で、ヤクルトスワローズ・中日ドラゴンズ・日 ……

近藤真一さんが誕生してから、56年と74日が経過しました。(20528日)

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