生年月日データベース

下柳剛しもやなぎつよし

プロ野球選手[日本]

1968年 5月16日 生 (満52歳)

 - ウィキペディアより引用

下柳 剛(しもやなぎ つよし、1968年5月16日 - )は、長崎県長崎市出身の野球解説者・元プロ野球選手(投手)。
マネージメントはハイタイド。
プロ入り前 瓊浦高等学校から高校野球の指導者を目指して八幡大学(現:九州国際大学)に進学するも、1年で中退。
しばらくは仕事をせずバイクを乗り回す生活を続けていたが、恩師の紹介で社会人野球の新日鐵君津に入社し、1988年にはエースとしてチーム初となる第59回都市対抗野球大会出場に貢献。
予選全試合を1人で投げ抜き、試合で完投した後でも平然と200球近くの投げ込みを行なうなど、当時からタフネスぶりを見せていた。
なお、瓊浦高校には下柳が作った「下柳マウンド」が存在する。
1990年のドラフト会議で福岡ダイエーホークスから4位指名を受け入団。
ダイエー時代 1年目の1991年は1試合に登板したが、1回を投げ切れず2/3を4失点で降板するなど炎上した。
1992年は1軍登板なしに終わった。
1993年は50試合登板した。
一方で先発でも10試合に登板した。
全体では防御率4.13と安定感を欠いたものの4勝8敗5セーブを挙げた。

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