田原総一朗たはらそういちろう
ジャーナリスト[日本]
1934年 4月15日 生 (満90歳)
田原 総一朗(たはら そういちろう、1934年〈昭和9年〉4月15日 - )は、日本のジャーナリスト、評論家、ニュースキャスター。
元ドリームインキュベータ社外取締役。
元東京12チャンネル(現:テレビ東京)ディレクター、元映画監督。
日本国際フォーラム参与、政策委員。
公益財団法人日印協会顧問、一般社団法人外国人雇用協議会顧問、NPO法人万年野党会長。
芸能事務所のブルーミングエージェンシーと業務協力。
滋賀県彦根市出身。
血液型はB型。
田原節子は2番目の妻、その妹に古賀さと子がいる。
田原は2人の妻をいずれも癌で亡くしている。
経歴・人物=
近江商人の末裔。
第二次世界大戦中は人並みな軍国少年で、「海軍兵学校を経て海軍に入り、特攻隊員として戦闘機に乗り敵の軍艦にぶつかって死ぬ」のが夢だった。
敗戦当時、それまで習ってきた価値観が180度ひっくり返ったことに対して、田原は「そうか、世の中に絶対なんてないんだ。
偉い人の言うことは信用できない」と感じたという。
1941年、彦根市立城東国民学校(現:彦根市立城東小学校)に入学。
1943年、学区整理により彦根市立佐和山国民学校(現:彦根市立佐和山小学校)に転校。
1947年、学制改革により新設された彦根市立東中学校に入学(1950年に卒業)。
1953年、滋賀県立彦根東高等学校を卒業。
作家を志して上京し日本交通公社(現:JTB)で働きながら早稲田大学第二文学部(夜学)に在籍 ……
田原総一朗さんが誕生してから、90年と236日が経過しました。(33109日)