平田良介ひらたりょうすけ
元プロ野球選手[日本]
1988年 3月23日 生 (満36歳)
平田 良介(ひらた りょうすけ、1988年3月23日 - )は、大阪府大阪市城東区出身の元プロ野球選手(外野手)。
右投右打。
ワンエイトプロモーション所属。
経歴=
プロ入り前=
小学1年から「関目ジュニアスター」で野球を始め、中学時代はボーイズリーグの「大阪北」および「大阪都島」に所属。
萬谷康平とは家が道を挟んで2軒隣という幼なじみであり、小学1年から中学1年まで同じ少年野球チームに所属していた。
大阪桐蔭高校では1年夏から6番でレギュラー、秋から4番を任された。
高校時代は辻内崇伸と同期で、辻内の話では、平田の名前はすでに大阪一円で知れ渡っており肉体的にも入学時で完成していたため1年生で唯一入学直後から上級生に交じっての練習参加を許されたという。
なお、平田3年時の1年生に中田翔と岡田雅利がいた。
高校通算70本塁打を記録。
2年時には第76回選抜高等学校野球大会に出場。
1回戦の二松学舎大付戦で本塁打を打ち、また3年時に出場した第87回全国高等学校野球選手権大会の準々決勝・東北戦では、PL学園・清原和博以来の1試合3本塁打を記録した。
その後、準決勝で田中将大(当時2年生)擁する駒大苫小牧と対戦。
しかし先発の田中に4打数無安打に封じ込められ、チームも延長戦の末敗退した。
甲子園通算5本塁打は史上4位。
9月にアジアAAA選手権における韓国戦で右肩を亜脱臼したため手術する予定だったが、予想以上に右肩の状態が良化し、手術 ……
平田良介さんが誕生してから、36年と243日が経過しました。(13392日)