生年月日データベース

北条早雲ほうじょうそううん

戦国大名[日本]

(康正2年生)

1456年

(ユリウス暦) 1519年 9月8日 死去享年64歳
北条早雲 - ウィキペディアより引用

北条 早雲 / 伊勢 宗瑞(ほうじょう そううん / いせ そうずい)は、室町時代中後期(戦国時代初期)の武将。
戦国大名となった後北条氏の祖・初代である。
「北条早雲」の名で広く知られているが、実際には本人存命中は北条との関わりは無く、生涯「伊勢」の姓を名乗っていた。
名前= 京の都や西国で室町幕府や足利将軍に重臣として仕えた伊勢氏の一族であり、号は、早雲庵宗瑞(そううんあんそうずい)。
後世においては「北条早雲」の名で知られているが、生前に本人が北条を名乗ったことはなく、署名も「伊勢宗瑞」や「伊勢新九郎」などであった。
また、早雲本人には北条氏とはつながりは無かった。
関東にやって来て新たな勢力を伸ばした早雲の、嫡男・氏綱の時代に関東に適応する大名跡「北条」を名乗るようになり(後北条氏)、一族の初代とされた早雲も遡って「北条早雲」などと呼ばれるようになった。
諱は長らく不明確であり、長氏(ながうじ)を筆頭に、氏茂(うじしげ)・氏盛(うじもり)などが伝えられていた。
近代に作られた小田原の早雲の碑文では伊勢新九郎長氏と表記された。
1990年代後半からは研究が進み盛時(もりとき)が最有力となり、現在では盛時が定説となっている。
通称は、新九郎(しんくろう)。
諱よりもこの新九郎の名の方でよく知られている。
『尊卑分脈』では「八郎盛時」と書かれていたり、「伊勢家書」には文明10年(1479年)2月28 ……

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