生年月日データベース

毛利元就もうりもとなり

戦国大名[日本]

(明応6年3月14日生)

(ユリウス暦) 1497年 4月25日

(ユリウス暦) 1571年 7月16日 死去享年75歳
毛利元就の辞世
友を得て なほぞうれしき 桜花 昨日にかはる 今日のいろ香は
 - ウィキペディアより引用

毛利 元就(もうり もとなり)は、戦国時代の武将・大名。
毛利氏の第12代当主。
安芸(現在の広島県西部)吉田荘の国人領主・毛利弘元の次男。
毛利氏の本姓は大江氏で、大江広元の四男・毛利季光を祖とする。
家紋は一文字三星紋。
元就は用意周到かつ合理的な策略および危険を顧みない駆け引きで、自軍を勝利へ導く策略家として知られており、家督を継いだ時点では小規模な国人領主に過ぎなかった毛利家を、一代で山陽道・山陰道10か国を領有する戦国大名の雄にまで成長させた(しかも、完全な老境に入ってから版図を数倍に拡大させている)。
子孫は長州藩の藩主となったことから、同藩の始祖としても位置づけられる人物である。

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