G.G.佐藤じーじーさとう
元プロ野球選手[日本]
(本名・佐藤隆彦)
1978年 8月9日 生 (満46歳)
G.G.佐藤(ジー・ジー・さとう、本名:佐藤 隆彦〈さとう たかひこ〉、1978年8月9日 - )は、千葉県市川市出身の元プロ野球選手(外野手・内野手、右投右打)、野球解説者。
株式会社トラバース副社長、株式会社トラバースエンジニアリング代表取締役社長を歴任。
Eighty-Four所属。
経歴=
プロ入り前=
1978年に千葉県市川市で生まれる。
小学校時代から野球を始め、行徳のリトルリーグに在籍。
このときのチームメイトには相川亮二がいた。
中学時代は野村沙知代がオーナーを務めていた「港東ムース」に在籍し、佐藤は「人生の中で一番キツかったのは沙知代さんにお世話になった港東ムースでの中学三年間。
高校、プロでの練習もあれに比べれば楽だった。
保護者にも褒めて叱って育てるのよと言ってたのを覚えてます。
全国優勝した時は喜んでましたね。
」と述べている。
中学卒業時に沙知代の夫・野村克也から「念ずれば花ひらく」と書かれた色紙を貰い、現在も大切に保管している。
桐蔭学園高等学校から法政大学に進学。
大学時代は内野手としてプレーするがレギュラーの座を奪うことができず、本塁打も通算で1本のみだった。
公式戦で外野守備に就いたことは無く、後藤武敏の控えとして後藤が一塁に移動した後に三塁を守った試合が多かったほか、大学3年秋にはシドニーオリンピック予選に出場した阿部真宏の代わりに遊撃手として出場した(4年春にも遊撃手としての出場 ……
G.G.佐藤さんが誕生してから、46年と125日が経過しました。(16927日)