吉永幸一郎よしながこういちろう
元プロ野球選手[日本]
1969年 5月1日 生 (満55歳)
吉永 幸一郎(よしなが こういちろう、1969年5月1日 - )は、大阪府枚方市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手)。
経歴=
プロ入りまで=
東海大工高校では、捕手として同期のエース五十嵐英樹とバッテリーを組む。
1986年には秋季県大会で準々決勝に進むが浜名高に逆転負け。
1987年夏には静岡大会で準決勝に進むが島田高に敗れ、ベスト4。
現役時代=
南海、ダイエー・ホークス時代=
1987年度ドラフト会議にて南海ホークスから5位指名を受け、入団。
同期入団には吉田豊彦、大道典嘉、村田勝喜、柳田聖人などがいた。
1989年はA級サリナス・スパーズに野球留学。
1990年一軍初昇格。
トニー・バナザードが帰国した8月以降は主に4番・指名打者として活躍し、打席数は少ないながらも打率.311、7本塁打の成績を残す。
1991年、背番号を49から27へ変更。
田淵幸一監督に開幕から正捕手に抜擢されるが、打率は低迷した。
9月には先発を外れる。
1992年は打撃も好調を維持し、初の規定打席にも到達し、打率.290(8位)を記録した。
1994年は自己最高の本塁打と打点を記録。
吉田豊彦と最優秀バッテリー賞を受賞し、初めてベストナインに選出される。
1995年は7月に故障で欠場し、規定打席に届かなかったが9月に復帰。
1996年は打率.295、20本塁打を記録し、2度目のベストナインに選出されたが膝を故障。
城島健司の台頭もあり、一塁手や指名打者としての出場が多くなった。
1997年から内野 ……
吉永幸一郎さんが誕生してから、55年と217日が経過しました。(20306日)