市村泰一いちむらひろかず
映画監督[日本]
1925年 8月19日 生
1989年 3月18日 死去享年65歳
市村 泰一(いちむら ひろかず、1925年8月19日 - 1989年3月18日)は、日本の映画監督。
人物=
長野県須坂市出身。
父は「信濃毎日新聞」の記者。
小学校四年まで上田市で過ごしたのち東京府・世田谷に移住、独協中学校をへて1947年上智大学文学部新聞報道科卒業。
中学の同級生に藤間紫の弟・藤間勝胤がおり、その関係で15歳の時から大学卒業まで藤間宗家の書生であった。
六代目尾上菊五郎に魅せられ歌舞伎研究に没頭、1949年松竹京都撮影所演出部に入る。
斎藤寅次郎、大曾根辰保、渡辺邦男、内出好吉などの作品に助監督でついたあと、1961年、川内康範原作、伴淳三郎主演のアクション・コメディ「快人黄色い手袋」で監督デビュー。
のち大船に移り、橋幸夫の歌謡映画、坂本九、牧伸二の喜劇、由美かおるのミュージカル風作品、「めくらのお市」シリーズなどを多数監督した。
70年代には青春ドラマを監督、ほかに橋幸夫の舞台公演、「潮来の伊太郎」「子連れ狼」などを演出した[1]。
監督作品=
1961 快人黄色い手袋
1961 風来先生
1962 喜劇 団地親分 関西喜劇人協会=松竹京都
1962 川は流れる 桑野みゆき
1962 京子の初恋 八十八夜の月 岩下志麻
1962 九ちゃん音頭
1962 学生芸者 恋と喧嘩
1962 バラキンと九ちゃん 申し訳ない野郎たち
1963 彼女に向って突進せよ
1963 若いやつ 北條誠原作 橋幸夫
1963 独立美人隊
1963 舞妓はん
1963 港に消えたあいつ ……
市村泰一さんが誕生してから、99年と315日が経過しました。(36475日)
亡くなってから、36年と104日が経ちました。(13253日)
23222日間 生きました。