生年月日データベース

福地源一郎ふくちげんいちろう

幕臣、ジャーナリスト[日本]

(天保12年3月23日生)

1841年 5月13日

1906年 1月4日 死去享年66歳
福地源一郎 - ウィキペディアより引用

福地 源一郎(ふくち げんいちろう、天保12年3月23日(1841年5月13日) - 明治39年(1906年)1月4日)は、日本の幕末の幕臣。
明治時代の政論家・劇作家・小説家。
幼名八十吉(やそきち)。
号星泓のち櫻癡(おうち、新字体:桜痴)、別号吾曹。
福地桜痴の名で知られる。
東京日日新聞社長、最晩年は衆議院議員。
「江湖新聞」発刊で筆禍を得、大蔵官僚を経て東京日日新聞社主筆・社長に就任。
当時の言論界・政界に大きな影響力を揮ったが、のち声望傾き、退社後は演劇改良運動に傾注して活歴劇を創始。
改修物、翻案物のほか時代物や世話物を創作して劇壇の第一人者となった。

推定関連画像

福地源一郎さんが誕生してから、182年と293日が経過しました。(66769日)
亡くなってから、118年と58日が経ちました。(43158日)
23611日間 生きました。