生年月日データベース

内田篤人うちだあつと

男子サッカー選手[日本]

1988年 3月27日 生 (満31歳)

 - ウィキペディアより引用

内田 篤人(うちだ あつと、1988年3月27日 - )は、静岡県田方郡函南町出身のプロサッカー選手。
ブンデスリーガ・シャルケ04所属。
ポジションはDF(右サイドバック)。
元日本代表。
生い立ち 函南中学校時代は目立った活躍をしていなかったが、高校入学にあたり静岡県中部地区の強豪校を志望し、将来の大学進学も視野に入れて進学校でもある清水東高等学校に入学した。
高校へは自宅から1時間半ほどかけて通学していたという。
高校の同級生には多々良敦斗、2学年上には菊岡拓朗や荒田智之がいる。
卒業に際しては7-8クラブから興味を示され、2006年に鹿島アントラーズへ入団した。
鹿島アントラーズ 2006年から監督に就任したパウロ・アウトゥオリに高く評価され、Jリーグ開幕戦(対広島)でクラブ史上初となる高卒ルーキーでのスタメン出場を果たし、ドリブルから先制点となるPKを獲得。

映像作品

関連書籍

日本のプロサッカー選手。1988年3月27日生まれ、静岡県田方郡函南町出身。 身長176センチメートル、体重62キログラム。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。 県立清水東高校から2006年にJ1鹿島アントラーズへ入団。直後からレギュラーを獲得し、07~09年の史上初Jリーグ3連覇及び07~08年の天皇杯2連覇に貢献した。08年、北京オリンピックに出場し、日本代表にも定着。J1での成績は124試合出場、4得点。08年と09年にJリーグベストイレブンに選出される。 10年FIFAワールドカップ南アフリカ大会は最終メンバーに選出されるが、直前に原因不明の吐き気に襲われて体調を崩し、出場の機会はなかった。ワールドカップ後の7月1日、ドイツ1部リーグ、ブンデスリーガの強豪シャルケ04に移籍。背番号22。契約期間は、15年6月30日までだが、17年まで2年延長する見通し(14年7月現在)。 10~11年、12~13年、13~14年シーズンのUEFAチャンピオンズリーグに出場し、移籍後1年目にして日本選手として初の準決勝のピッチに立ち、ベスト4の結果を残した。11年、AFCアジアカップ優勝、DFBポカール優勝。12~13年シーズン終了時点で、ブンデスリーガでの成績は85試合出場1得点、日本代表では65試合出場1得点。 東日本大震災発生直後の11年3月12日、シャルケ対フランクフルト戦に当たり、内田は試合前に「日本の皆へ少しでも多くの命が救われますように共に生きよう!」とのメッセージを日本語とドイツ語で手書きしたユニフォームを用意した。チームメイトでゴールキーパーのノイアー選手は、内田が試合に勝てばそのユニフォームを着るつもりであるのを知り、同点で迎えた試合の終 …… (引用元 コトバンク)