源頼朝みなもとのよりとも
鎌倉幕府初代将軍[日本]
(久安3年4月8日生)
(ユリウス暦) 1147年 5月9日 生
(ユリウス暦) 1199年 2月9日 死去享年53歳
源 頼朝(みなもと の よりとも、旧字体: 源 賴朝󠄁󠄁󠄁)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の武将、政治家。
鎌倉幕府初代征夷大将軍(鎌倉殿)。
清和源氏の一流たる河内源氏の源義朝の三男として生まれ、父・義朝が平治の乱で敗れると伊豆国へ配流される。
伊豆で以仁王の令旨を受けると北条時政、北条義時などの坂東武士らと平家打倒の兵を挙げ、鎌倉を本拠地として関東を制圧する。
弟たちを代官として平家を倒し、戦功のあった末弟・源義経を追放の後、諸国に守護と地頭を配して力を強め、奥州合戦で奥州藤原氏を滅ぼす。
建久3年(1192年)に征夷大将軍に任じられた。
これにより、朝廷と同様に京都を中心に権勢を誇った平氏政権とは異なる、東国に独立した武家政権が開かれ、後に鎌倉幕府と呼ばれた。



