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脇谷亮太わきやりょうた

プロ野球選手[日本]

1981年 11月4日 生 (満43歳)

脇谷亮太 - ウィキペディアより引用

脇谷 亮太(わきや りょうた、1981年11月4日 - )は、大分県大分市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
愛称は「ワッキー」、「ワキさん」。
経歴= プロ入り前= 父親が社会人野球チームの投手だったことから野球に興味を持ち、小学2年生の時に地元のチーム「ふじが丘少年野球団」で野球を始める。
ポジションは当時からプロ入り後と同じく遊撃手・三塁手だった。
柳ヶ浦高等学校時代は、2年夏に甲子園出場するものの、控えのベンチ入りで出番はなく、1回戦で松坂大輔を擁する横浜高校に敗れた。
日本文理大学硬式野球部では四年次に主将を務め、2003年に全日本大学野球選手権大会で大学日本一を経験、同大会MVPに輝いた。
卒業後はNTT西日本に進み、俊足の三塁手として第31回社会人野球日本選手権大会で優秀選手賞に選ばれるなどの活躍を見せた。
2005年の大学・社会人ドラフト5巡目で巨人に指名され、入団。
背番号は「57」。
ドラフト会議の際、指名はないと思っていた脇谷はチームの通常練習に参加しており、慌てて会見場に向かう途中には「ドッキリカメラじゃないか」とユーモアも交えて感想を述べた。
なお、同年のドラフトではNTT西日本から5人が指名されている。
巨人時代= 2006年(1年目)に、イースタン・リーグで8打席連続安打を記録し、6月4日の対西武ライオンズ戦で、小久保裕紀に代わり一軍登録、即先発出場を果たした。
この試合で9回裏に三塁打を放ち、清水隆 ……

脇谷亮太さんが誕生してから、43年と19日が経過しました。(15725日)

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