河津清三郎かわづせいざぶろう
俳優[日本]
1908年 8月31日 生
1983年 2月20日 死去享年76歳
河津 清三郎(かわづ せいざぶろう、1908年〈明治41年〉8月30日 - 1983年〈昭和58年〉2月20日)は、日本の俳優である。
本名中島 誠一(なかじま せいいち)、旧芸名河津 精一(かわづ せいいち)、河津 史郎(かわづ しろう)。
阪妻・立花・ユニヴァーサル連合映画で映画デビューし、マキノ・プロダクション移籍後は沢村國太郎に次ぐ若手時代劇スターとなった。
その後、新興キネマに入社して男優の看板スターとして多くの作品に主演し、戦後は個性派の脇役として活躍した。
主な出演作品に『首の座』『次郎長三国志』シリーズ、『用心棒』など。
妻は女優の高津慶子。
推定関連画像
河津清三郎さんが誕生してから、115年と232日が経過しました。(42236日)
亡くなってから、41年と60日が経ちました。(15035日)
27201日間 生きました。