林家木久扇はやしやきくおう
落語家・初代[日本]
(旧芸名・林家木久蔵)
1937年 10月19日 生 (満87歳)
林家 木久扇(はやしや きくおう、1937年〈昭和12年〉10月19日 - )は、日本の落語家、漫画家、画家、実業家。
血液型はA型、出囃子は「宮さん宮さん」、定紋は林家彦六一門の定紋である「中陰光琳蔦」。
前名の初代林家木久蔵[要曖昧さ回避]としても知られる。
来歴・人物=
1937年10月19日、東京市日本橋区久松町の雑貨問屋に生まれる。
比較的裕福な幼少期を過ごしたが、太平洋戦争による使用人の出征、東京大空襲による店の全焼など被害に巻き込まれ、家族が離散。
小学4年生の時から新聞配達をして家計を支えた。
自分を支える経済、お金の入ってくる道を発見工夫して上昇していくことが大切で、「金はあるに越したことはない」という考えを持つに至る。
そのためか貧乏を嫌い、終生長屋暮らしだった師匠彦六を「清貧に甘んじ人情に厚い人」と評する一方で「噺家は貧乏でもいいという姿勢」を欠点とし、「噺の中に出てくる人物と同色の暮らし向きをして、若手落語家たちにあれが老成大家の未来像なんだと植えつけてしまった(例として、落語会のギャラを自分の分だけでなく、弟子達の分まで半分相手に返してしまう行動など)」と記している。
自己紹介は、「スーパースターの林家木久扇でございます」で始まる。
「現在の多くの若い落語家は経済観念が欠落している」とも批判している。
師匠彦六の天敵でありインタビュー依頼電話に「私が喋るのは只じゃござんせん」と ……
林家木久扇さんが誕生してから、87年と33日が経過しました。(31810日)