生年月日データベース

八名信夫やなのぶお

俳優、元プロ野球選手[日本]

1935年 8月19日 生 (満84歳)

八名信夫 - 俳優、元プロ野球選手

八名 信夫(やな のぶお、1935年8月19日 - )は、俳優、元プロ野球選手。
岡山県岡山市出身。
血液型B型。
悪役商会所属。
本名は同じ。
プロ野球選手時代まで 父の亀億(ひさお)は国鉄岡山駅の助役を終戦後に退職し、芝居小屋兼業の映画館を経営していた。
遊び人で愛人が3人いた。
父の1番目の妻は一男一女を産んだ後に亡くなる。
八名の生母に当たる、父の2番目の妻は売れない作家で、八名が4歳の時に離婚。
29歳の時に25年ぶりに再会するが、2年後に亡くなる。
育ての母親(父の3番目の妻)の光恵は、2006年に86歳で亡くなった。
津山から来た芸者で、「いいおふくろ」だったという。
9歳で1945年の岡山大空襲に遭遇し、父の命で母・姉とともに後楽園に逃れて助かっている。
その後疎開先の平島(現・岡山市東区)で終戦後に連合国軍の兵士がキャッチボールに興じる姿を見たことがきっかけで、野球を始める。
父はテニス選手だったためスポーツには理解があり、逆に劇場主として役者と接して生活を知っていたことから、役者になることには反対だったという。

映像作品

関連書籍

俳優。明治大学卒。 1935年8月19日生まれ。岡山県出身。 悪役商会リーダー。 大学卒業後、プロ野球選手として東映フライヤーズに入団するが、1958年近鉄との試合中、腰を骨折。その時、親会社の東映の社長の推薦に従い、役者へと転向する。 1959年、東映ニューフェイスとして『遊星王子』でデビュー。 1961年放送の『紅孔雀』では主役に抜擢され、これからの活躍が期待された。 その後は映画などにも出演。当時、東映任侠映画の最盛期ということもあり、強面の顔立ちから悪役での出演が多くなり、「悪役俳優」として認められ始める。 その後も映画、時代劇などにおける悪役の重要性を体当たりで表現してきた彼は、1983年、悪役俳優や、悪役を目指す若い役者とともに、役者集団「悪役商会」を結成。丹古母鬼馬二、南雲佑介?といった名悪役を世に送り出した。 また、キューサイの健康飲料「青汁」のCMでは、八名が発した台詞「うー、まずい!もう一杯!」が視聴者に受けて大ヒット。悪役というイメージだけではなく、青汁のイメージキャラクターとしても人気を得た。 芸能活動の傍らで、年間100件以上の講演活動を行い、今の世の中に何が足りないのか、現代社会における「悪役*1」の重要性、などを日本各地で熱く語っている他、精力的に執筆活動などを行い、役者以外の分野でもその名を広めている。 芸能活動以外でも、難民救済のための募金活動や、老人ホームでのボランティアなどの人道支援にも力を注いでいる。 近年は、映画やドラマよりも、舞台やバラエティへの出演が多くなり、昔に比べて丸くなった姿でお茶の間を楽し …… (引用元 Hatena Keyword)