生年月日データベース

勝又清和かつまたきよかず

将棋棋士[日本]

1969年 3月21日 生 (満55歳)

勝又 清和(かつまた きよかず、1969年3月21日 - )は、将棋棋士。
石田和雄九段門下。
棋士番号は215。
神奈川県座間市出身。
東海大学理学部数学科卒。
棋歴= 1983年に第8回中学生名人戦で優勝。
その年に奨励会に入会。
1級までは順調に昇級したが、そこからの各昇段に2年以上ずつかかり、22歳でようやく三段に昇段する。
しかし、三段リーグでも昇段のチャンスをつかめず、一時は退会も考えた。
年齢制限(26歳)も迫っていた。
転機となったのは、第52期(1994年度)名人戦の七番勝負を戦う米長邦雄名人と羽生善治四冠の闘志あふれる姿を見たことだった。
勝又は同年度4月 - 9月の第15回三段リーグでは昇級を逃すも、リーグ表順位で勝又より下の近藤正和と同星の12勝6敗の成績を収める。
これが結果的に大きかった(次回のリーグ表で、勝又は3位、近藤は4位)。
勝又は次の第16回三段リーグ(1994年度10月 - 3月)の最終日を、2局のうち1局勝てば自力昇段(「マジック1」に相当)という状況で迎えた。
近藤は2勝0敗で追い上げたが、勝又は1敗の後に1勝して近藤と同じ13勝5敗。
よって、勝又が四段昇段を決めた(1995年4月1日付けで昇段・プロ入り)。
このときの同時昇段者(トップ通過)は、勝又よりさらに年上の北島忠雄(29歳)であった。
第30回(1996年度)早指し将棋選手権の予選を4連勝で通過。
本戦では2回戦進出。
第9期(1996年度)竜王戦6組の準決勝で敗れるも、昇 ……

勝又清和さんが誕生してから、55年と258日が経過しました。(20347日)

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