本田博太郎ほんだひろたろう
俳優[日本]
1951年 2月8日 生 (満73歳)
本田 博太郎(ほんだ ひろたろう、1951年2月8日 - )は、日本の俳優、書家。
茨城県水戸市出身。
前事務所マツ・カンパニーは2024年5月末日を以て解散。
その後、合同会社久保田企画に所属。
長男は俳優の本田大輔。
来歴=
茨城県水戸市に4人兄弟の末っ子として生まれ、9歳の時に母を亡くし、男手一つで4人の子育てをする父のもとで育つ。
夜に父に連れられて行った近所の映画館で、ドロドロした人間の業や悲哀を描いた巨匠監督の映画を見るのが唯一の楽しみだったという。
役者になることを夢見て、高校卒業後まもなく家出同然で上京。
小さな劇団を立ち上げて閉店後の喫茶店を借りて芝居の上演など続けた後、文学座演劇研究所を経て劇団青俳に所属した。
幼いころ映画で見た三國連太郎に憧れて、芸名を本名の「博史」から「博太郎」へと変えた。
1977年には日活ロマンポルノ『性と愛のコリーダ』で映画に初出演した。
一方で10年ほどにわたるアルバイト生活の中で多くの職業を経験し、後の演技の土台となるさまざまな社会経験を積んだ。
若くして結婚し子供が生まれ、日々の生活に追われて夢を追い続ける気持ちが揺れ始めた1979年、28歳の時に「この舞台を最後にしよう」と臨んだ蜷川幸雄演出の舞台『近松心中物語』で、公演中に突然腰を痛めたため降板した主演の平幹二朗の代役に当時無名だった本田が大抜擢されて翌日からの公演を務め上げ、28歳という当時の帝国劇場での最 ……
本田博太郎さんが誕生してから、73年と287日が経過しました。(26950日)