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真田裕貴さなだゆうき

プロ野球選手[日本]

1984年 2月7日 生 (満40歳)

真田裕貴 - ウィキペディアより引用

真田 裕貴(さなだ ひろき、1984年2月7日 - )は、兵庫県高砂市出身の元プロ野球選手(投手)。
経歴= プロ入り前= 大阪府で出生してすぐに兵庫県高砂市に移住し、小学2年生で野球を始めた。
高砂市立宝殿中学校から兵庫県立姫路工業高等学校に進学。
1年夏からベンチ入りし、2年秋からエースとなる。
3年時に第73回選抜高等学校野球大会に出場。
初戦の対日大三高戦で、近藤一樹から本塁打を放ったが敗退。
夏は兵庫大会決勝でグエン・トラン・フォク・アンを擁する東洋大姫路高校に敗戦。
その後AAAアジア野球選手権日本代表に選出され、先発投手として好投した。
高校時代は最速146km/h、通算25本塁打を記録。
2001年のドラフト会議において読売ジャイアンツから1巡目で指名され入団。
巨人時代= 2002年は高卒ルーキーながら後半戦に一軍の先発ローテーションに定着し、6勝3敗の成績で優勝に貢献(ただ、日本シリーズでは登板の機会はなかった)。
ドラフト制導入後に高卒1年目で6勝以上を挙げたのは、球団史上堀内恒夫以来36年ぶりだった。
2003年はプロ初完投も記録したが先発としては精彩を欠き、リリーフに降格。
右肩痛で7月26日に登録抹消され、以降の登板はなかった。
2004年以降は、一軍と二軍を往復するシーズンが続いた。
横浜時代= 2008年6月10日に鶴岡一成との交換トレードで横浜ベイスターズへ移籍。
背番号は交換相手の鶴岡が付けていた57に決定した。
7月2日の ……

真田裕貴さんが誕生してから、40年と288日が経過しました。(14898日)

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