野口祥順のぐちよしゆき
プロ野球選手[日本]
1981年 5月16日 生 (満43歳)
野口 祥順(のぐち よしゆき、1981年〈昭和56年〉5月16日 - )は、茨城県土浦市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
右投右打。
経歴=
プロ入り前=
茨城県新治郡新治村(現・土浦市)生まれ。
中学時代は地元のシニアクラブに所属しつつ、臨時で陸上競技にも出場し、走り幅跳びでは県大会で優勝したこともある。
藤代高に進学し、陸上部に入るつもりだったが持丸修一監督と出会い、野球を続けた。
天性のバネを生かす指導を受け、鳥谷敬(聖望学園高)と並んで、長打力と強肩を売りにした関東屈指のスケールが大きい遊撃手として活躍。
3年の夏は常総学院に敗れてベスト8どまりも、俊足強肩と、高校通算30本塁打が示す、つぼにはまった時のパンチ力があった。
1999年のドラフト会議において、ヤクルトスワローズから1位指名を受け、入団。
プロ入り後=
2000年、当初は「長打力を秘めた、走攻守三拍子揃った大型遊撃手」として、「ポスト池山隆寛」が球団からの期待だった。
しかし選手生命も危ぶまれた頭部死球などの事故が重なったため、入団後しばらくは二軍で打率1割台から2割台前半という成績が続いた。
2001年も、一軍に帯同してオープン戦初出場こそ果たすが結果を残せず、二軍でも打率.143と振るわず一軍昇格はならなかった。
この期間、野村克也前監督が導入したID野球を理解せずコーチの指導も表面しか聞けていなかったと振り返っている。
2002年7月3日にイースタ ……
野口祥順さんが誕生してから、43年と189日が経過しました。(15895日)