野上龍雄のがみたつお
脚本家[日本]
1928年 3月28日 生
2013年 7月20日 死去老衰享年86歳
野上 龍雄(のがみ たつお、1928年3月28日 - 2013年7月20日 )は、脚本家。
東京都出身。
略歴=
1928年(昭和3年)東京府生まれ。
父親は最高裁判事。
野上は妾腹の芸者の子で、吃音で背も低かった。
旧制開成中学、松本高等学校文科を経て、東京大学文学部仏文科卒業。
松竹の助監督試験を二年連続で受け、筆記試験は抜群ながら面接で落とされ、二年目に面接官だった中村登から「去年も君のことが問題になった。
吃りでも現場が務まるのかと。
だから、来年からもう来てくれるな」と言われた。
大映脚本家養成所でシナリオ・ライターとなる。
大映企画部員だった羽佐間重彰はここからの付き合い。
1957年、羽佐間と一緒に京王帝都電鉄が関係していた映画会社「日映」に移籍するが同社は10ヵ月で倒産。
羽佐間はニッポン放送に入社するが、野上はインチキプロダクションで助監督をやった後、脚本家に弟子入りし本格的に脚本家デビューした。
倉本聰をテレビ局に紹介したのは野上という。
以降、映画、テレビの脚本を多数書き上げた。
映画の脚本では東映において時代劇・やくざ映画のシナリオを数多く執筆した。
野上は「東映のプログラムピクチャーを書いている頃は、ホンが良くなる直しは一度もしたことがない。
やったことは短くする直しだった」と言っていたという。
テレビでは池波正太郎原作の時代劇『鬼平犯科帳』『剣客商売』の脚本や、長期シリーズとなった ……
野上龍雄さんが誕生してから、96年と238日が経過しました。(35302日)
亡くなってから、11年と124日が経ちました。(4142日)
31160日間 生きました。