木下ほうかきのしたほうか
俳優[日本]
1964年 1月24日 生 (満60歳)
木下 ほうか(きのした ほうか、1964年(昭和39年)1月24日 - )は、日本の俳優、元タレント、元映画監督。
本名は木下 鳳華(読み同じ)。
かつては吉本新喜劇座員を経て、マツ・カンパニーやキャストパワー、カクタスに在籍していた。
独身。
来歴=
大阪府大東市出身。
大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科卒業。
父は一級建築士。
高校時代は剃り込みを入れたいわゆるヤンキーファッションであったが、不良であったというよりは当時の流行のファッションに倣っていただけだという。
1980年(昭和55年)、16歳のときに井筒和幸監督の映画『ガキ帝国』のオーディションの新聞広告を見て応募し、合格。
同作品で俳優デビューする。
その後大阪芸術大学を卒業、吉本興業大阪本社に入社し、吉本新喜劇の団員となった。
しかし新喜劇では目立つ存在になれず、1980年代の新喜劇低迷期と重なったこともあって3年で退団した。
この時期の座員(浅香あき恵・未知やすえ等)とは現在も交流があり、来阪時の飲み仲間となっている。
吉本新喜劇出演当時、先輩役者から「目立つな」と言われ、池乃めだかから「客が笑い、うけ続ければやがて怒られなくなり、上に上がれる」と励まされていた。
1989年(昭和64/平成元年)、吉本の先輩である島田紳助から「ほうか、役者をやりたいんやったら、やっぱ東京行かなあかんやろ?」との助言を受け、井筒を頼って上京した。
東京での下積み時代には ……
木下ほうかさんが誕生してから、60年と302日が経過しました。(22217日)