安達智次郎あだちともじろう
元プロ野球選手[日本]
1974年 8月21日 生
2016年 1月7日 死去肝不全享年43歳

安達 智次郎(あだち ともじろう、1974年8月21日[1] - 2016年1月7日[2])は、兵庫県神戸市長田区出身[3]の元プロ野球選手(投手)[1]。
左投左打。
現役時代は阪神タイガースに在籍。
1995年から1996年までは、安達 克哉(あだち かつや)という登録名を用いていた。
来歴=
プロ入り前=
幼少期には小児がんを患っていたため、主治医から運動を禁じられていた[1]。
小学校3年時に完治したことがきっかけでソフトボール[1]、4年時に軟式野球を始める[1]。
元々左利きであったため、野球を始めた当初は一塁手[1]で、中学3年時から投手へ転向。
転向当初はチームの投手陣で3番手と扱われていた[1]が、数少ない対外試合での登板[1]で強豪チーム相手に完投勝利を収めたことから、天理などの高校からも勧誘されるようになった[1]。
結局、実父からの熱心な勧めで、神戸村野工業高等学校へ進学[1]。
安達が入学する前後の村野工業高校は、天理高校のような「野球の強豪校」ではなかったため、入学後には一時野球に身が入らなかったという[1]。
2年生の春から走り込みを徹底した[1]ところ、2年夏の第73回全国高等学校野球選手権大会と3年春の第64回選抜高等学校野球大会にエースとして出場。
いずれも初戦で敗退したものの、阪神タイガースや読売ジャイアンツ(巨人)などのNPB球団がプロ野球ドラフト会議での上位指名を予告する[1]ほど、大型の左腕投手として注目された。
当時のチームメイトに黒田哲史が ……
安達智次郎さんが誕生してから、50年と313日が経過しました。(18576日)
亡くなってから、9年と175日が経ちました。(3462日)
15114日間 生きました。