生年月日データベース

宮城まり子みやぎまりこ

歌手女優、福祉事業家[日本]

(ねむの木学園 設立者)

1928年 3月21日

2020年 3月21日 死去悪性リンパ腫享年93歳
 - ウィキペディアより引用

宮城 まり子(みやぎ まりこ、本名:本目 眞理子(ほんめ まりこ)、1927年3月21日 - )は、日本の歌手・女優・映画監督・福祉事業家。
東京都名誉都民。
幼くして母と死別するつらい少女時代を送った。
東京府蒲田に2人兄妹の妹として生まれる。
父親の仕事の関係で、小学校3年から大阪で育つ。
小学校5年の時、父親が事業で失敗、母親が病死する。
そのため小学校卒業と同時に、兄と共に吉本興業に入り、歌謡曲を歌うようになった。
戦時中の1944年10月、宮城千鶴子の芸名で15歳で大阪花月劇場(吉本興業直営)にて初舞台を踏む。
その後、自らの一座を率いて九州を巡業し、終戦を迎える。
戦後の1948年、父親、弟の八郎と上京、浅草の舞台に立つ。
翌年、菊田一夫の推薦で日劇の舞台に主役として迎えられる。
1950年2月 テイチクから「なやましブギ」でデビュー、ポリドールを経て、ビクター移籍第二弾『あんたほんとに凄いわね』が初ヒットになった。
そして、1953年、レコードで歌った『毒消しゃいらんかね』が流行し一躍歌手としてその名が知れ渡った。

関連商品