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野田浩輔のだこうすけ

プロ野球選手[日本]

1977年 12月4日 生 (満46歳)

野田浩輔 - ウィキペディアより引用

野田 浩輔(のだ こうすけ、1977年12月4日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手、右投右打)。
現在は埼玉西武ライオンズの二軍バッテリーコーチを務めている。
経歴= プロ入り前= ドラフト前から社会人屈指の大型即戦力捕手として注目をあび、新日鉄君津時代に渡辺俊介とバッテリーを組み、シドニー五輪に出場して話題となった。
シドニー五輪ではプロ枠で出場した当時中日に在籍していた鈴木郁洋に正捕手を奪われたが、同じ五輪代表に選ばれた阿部慎之助(中央大学)とともにチームを引っ張る存在として欠かせなかった。
また、同年の都市対抗野球ではベスト4となり社会人野球ベストナイン捕手となった。
ドラフトでは下位指名での争奪戦が予測されたが、入団前から野田と西武ライオンズとの相思相愛ということで他球団に指名されず、2000年のドラフトで西武ライオンズから6位指名を受け、入団。
西武時代= 2001年は正捕手伊東勤の存在もあり、1軍出場はなかった。
2002年に初昇格すると、プロ初安打・初打点を記録し、控え捕手ながら33試合に出場。
2003年は伊東と細川亨の活躍もあって36試合に留まるが、プロ初本塁打を記録した。
選手兼コーチだった伊東は、細川と野田の正捕手候補に2人に対して「(細川と野田の)2人は(同時に)使わない。
2人(を同時に)使うと2人とも『死ぬ』」と発言し、正捕手1人方式として育成することを明言した。
将来は背番号 ……

野田浩輔さんが誕生してから、46年と352日が経過しました。(17154日)

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