山元護久やまもともりひさ
児童文学作家[日本]
1934年 9月19日 生
1978年 4月22日 死去脳出血享年45歳
山元 護久(やまもと もりひさ、1934年〈昭和9年〉9月19日 - 1978年〈昭和53年〉4月22日)は、京都府出身の放送作家、児童文学者。
経歴=
日本画家の山元桜月の私生児として京都に生まれる。
早稲田大学第一文学部独文科在学中から、早大童話会より改名した少年文学会に所属。
同会からの派生団体では『小さい仲間』のほか、小沢正と創刊した童話研究誌『ぷう』に参加。
早稲田大学卒業後放送作家となり、童話や絵本、子供向けテレビ番組で活躍。
特に井上ひさしとの共作『ひょっこりひょうたん島』が人気を呼んだ。
1976年4月から『おかあさんといっしょ』の人形劇『ゴロンタ劇場』の原作・脚本を担当していた。
しかし、放送期間中の1978年4月22日、仕事の打ち合わせ中に脳出血で43歳で急逝。
作品=
台本構成=
井上ひさしとの共作
『ひょっこりひょうたん島』
『アンデルセン物語』(東映劇場用アニメ版)
『長靴をはいた猫』
『ネコジャラ市の11人』(山崎忠昭と三人の共作)
『忍者ハットリくん』(テレビドラマ版。
共作ペンネームは服部半蔵)
『ピュンピュン丸』(共作ペンネームはエンリコ・トリゾーニ)
山元の単独執筆
『アリババと40匹の盗賊』
『おかあさんといっしょ』
『できるかな』
『ママとあそぼう!ピンポンパン』
著書=
『はしれロボット』(斎藤とおる絵、小峰書店、創作幼年童話) 1962
『NHKひょっこりひょうたん島』全4巻(井上ひさし共著、川本哲夫絵、日本放送出版協 ……
山元護久さんが誕生してから、90年と149日が経過しました。(33022日)
亡くなってから、46年と299日が経ちました。(17101日)
15921日間 生きました。