生年月日データベース

藤田東湖ふじたとうこ

水戸学学者[日本]

(文化3年3月16日生)

1806年 5月4日

1855年 11月11日 死去圧死享年50歳
 - ウィキペディアより引用

藤田 東湖(ふじた とうこ)は、江戸時代末期(幕末)の水戸藩士、水戸学藤田派の学者。
東湖神社の祭神。
戸田忠太夫と水戸藩の双璧をなし、徳川斉昭の腹心として水戸の両田と称された。
また、水戸の両田に武田耕雲斎を加え、水戸の三田とも称される。
特に水戸学の大家として著名であり、全国の尊皇志士に大きな影響を与えた。
名は彪(たけき)、字を斌卿(ひんけい)といい、虎之助、武次郎、誠之進の通称を持つ。
号の「東湖」は生家が千波湖を東に望むことにちなむという。
東湖の他には梅庵という号も用いた。
生涯 藤田氏の遠祖は小野篁に遡るというが不明。
のちに常陸国へ移り、那珂郡飯田村中島で百姓となったという。
曽祖父・与左衛門の代に水戸城下に移り、商家に奉公してのれん分けを許され店を開いた。
祖父・与右衛門(言徳)は水戸城下の奈良屋町で屋号「藤田屋」という古着屋を営んでいたが、学問を好んだ。
その次男が東湖の父・幽谷で、幼少時より学才高く神童とうたわれ、立原翠軒の私塾に入門した。
さらに彰考館の館員となって頭角を現し、水戸藩士分に列した。

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