大下英治おおしたえいじ
作家[日本]
1944年 6月7日 生 (満80歳)
大下 英治(おおした えいじ、本名:ひではる、1944年6月7日 - )は、日本のルポライター・作家。
広島県安芸郡府中町生まれ。
広島大学文学部仏文科卒業。
来歴=
父親を原爆で失い、自身も被爆者健康手帳を所持。
中学卒業後、一旦は三菱造船所の養成工となり就職するが退職し、高卒資格を得るため広島県瀬戸内高等学校に通いながら予備校にも通学。
大学卒業後は電波新聞社に就職するが、後に退職し1968年に大宅マスコミ塾第7期生となる。
同じく広島育ちの作家・梶山季之のスタッフライターであった時期もあり、その時の先輩には恩田貢や岩川隆などがいる。
1970年に週刊文春特派記者となって以降、1982年まで13年間在籍。
在籍中の1981年に『小説電通』(三一書房)により作家デビューする。
次いで月刊『文藝春秋』に執筆した「三越の女帝・竹久みちの野望と金脈」が大反響を呼び、三越の岡田茂が社長退陣に追い込まれる三越事件のきっかけともなった。
1983年、週刊文春から独立し作家に転身。
これ以降、政治経済、芸能など各界の著名人の他、政治家の人物伝執筆を多く手がける傍ら、政治関連のテレビ番組などにも並行して多数出演。
また、美空ひばりの評伝を本人が亡くなる直前に「週刊新潮」に連載、新潮社で刊行したこともあり(2001年に廣済堂文庫で再刊)、ひばりの逝去後には追悼特集を組んだテレビ番組にも多数出演した。
2009年に回顧録『トップ屋魂 週刊誌ス ……
大下英治さんが誕生してから、80年と167日が経過しました。(29387日)