冬木透ふゆきとおる
作曲家[日本(満州)]
(別名義・蒔田尚昊)
1935年 3月13日 生
2024年 12月26日 死去誤嚥性肺炎享年90歳
蒔田 尚昊(まいた しょうこう、1935年〈昭和10年〉3月13日 - 2024年〈令和6年〉12月26日)は、日本の作曲家、編曲家である。
別名︰冬木 透(ふゆき とおる)名義を用いる。
人物=
満洲国の首都新京出身で、14歳で母の郷里広島県へ戻る。
広島県北の高校から広島市内の広島観音高等学校へ転校。
1952年創立のエリザベト短期大学作曲科に入学し、宗教音楽専攻科を修了。
1956年、TBS(当時ラジオ東京)へ音響効果技師として入社。
当初はラジオを担当していたが、途中から開局したばかりのテレビへ軸を移す。
翌1957年、国立音楽大学作曲科に3年生として編入するが、TBSにも社員として在籍。
1958年、連続テレビドラマ『鞍馬天狗』において、不足分の音楽を作曲して劇伴作曲家デビュー。
1961年にTBSを退社、独立した。
友人の作曲家の代打で、1964年から桐朋学園音楽学部・作曲理論科(高校〜大学一貫)で教壇に立つ。
当初は2年の予定だったが、1997年まで33年間在籍する。
合唱曲、特に児童合唱のための作・編曲が多い。
クリスチャンであり、宗教曲(キリスト教)も書いているほか、広島の世界平和記念聖堂にオルガンが設置されたことをきっかけとしてオルガン楽曲も手掛け、1970年の大阪万博では、バチカン市国キリスト教館のオルガンコンクール作曲部門で最高位を獲得した。
映画・テレビの音楽を担当する際は、冬木透の名前を用いる。
この分野では、『ウルトラセブン』に始まるウ ……
冬木透さんが誕生してから、90年と356日が経過しました。(33229日)
亡くなってから、1年と68日が経ちました。(433日)
32796日間 生きました。



