中尾謙太郎なかおけんたろう
競馬調教師[日本]
1933年 3月6日 生 (満91歳)
中尾 謙太郎(なかお けんたろう、1933年3月6日 - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属した調教師である。
前身の厩務員時代に五冠馬シンザンを担当したことで知られ、また中央競馬において厩務員出身者として最初の調教師となった。
1996年度桜花賞優勝馬ファイトガリバー、1991年度JRA賞最優秀ダートホース・ナリタハヤブサ等を管理。
実弟に調教師の中尾銑治、中尾正、甥に中尾秀正、義弟に宮本悳がいる。
経歴=
1933年、京都競馬場で厩務員を務めていた中尾嘉蔵の長男として生まれる。
太平洋戦争勃発後の1944年に嘉蔵が召集を受け、奈良県の祖父の元へ疎開、同地で終戦を迎えた。
その後GHQの施設で勤務したのち、1951年に京都に戻り、武田文吾厩舎で厩務員となった。
ほどなく重賞2勝を挙げるヤサカを担当。
長身の中尾は競馬場内で「タケノコ」という渾名で知られた。
シンザンとの出会い - 調教師へ=
1963年、武田厩舎に入った3歳馬(当時の馬齢)の内、中尾は最も期待されていたオンワードセカンドを担当する予定であった。
しかしシンザンの担当予定者が執拗に不満を口にしたため、担当馬が交代される。
シンザンは当初それほど期待を受けていなかったが、翌1964年に史上2頭目のクラシック三冠を達成。
ほか八大競走のうち天皇賞・秋と有馬記念も制し、日本競馬史上初の「五冠」を達成した。
シンザンに伴っての様々な経験から中尾も見識が広がり、その引退後、調教師への転身 ……
中尾謙太郎さんが誕生してから、91年と260日が経過しました。(33498日)