石森達幸いしもりたっこう
俳優、声優、ナレーター[日本]
1932年 1月11日 生
2013年 6月5日 死去心不全享年82歳
石森 達幸(いしもり たっこう、本名および旧芸名の読みはいしもり たつゆき、1932年1月11日 - 2013年6月5日)は、日本の声優、俳優、ナレーター。
アーツビジョン所属。
長崎県西彼杵郡高島町(現長崎市)端島出身。
来歴
長崎県西彼杵郡高島町(現長崎市)端島で生まれ育ち、幼少期は2号棟に住んでいた。
戦時中は長崎市の高校に寮生活をしながら通っていたが、長崎市での原爆時は端島に帰郷していた。
終戦後は端島を離れた。
14歳の時に役者の世界に入る。
キャリアは60年以上と長い。
長崎の高校を卒業後、役者を目指して上京。
日本大学卒業。
テアトル・エコーの創設メンバーの1人。
1956年、文学座アトリエ劇団草の会入団。
劇団統合により俳優座アトリエ劇団同人会所属。
1961年に退団後は東京俳優生活協同組合に所属。
その後、演協プロ[17]、太陽プロモーションを経て、最後はアーツビジョンに所属していた。
2012年末まで活動し、晩年は普通に生活していたが、2013年6月5日、心不全のため死去。
81歳没。
人物・特色
声種はバリトン[17]。
方言は長崎弁。
ラジオ時代から声優として活動[18]。
張りのある豊かな声の芝居が魅力的[19]。
味のある老人役を演じ[20]、「言論のじじい」の愛称で親しまれていた。
『巨人の星』と『侍ジャイアンツ』の両方の作品では、王貞治役を演じた[21]。
『廃墟賛歌 軍艦島オデッセイ -廿 ……
石森達幸さんが誕生してから、92年と315日が経過しました。(33918日)
亡くなってから、11年と169日が経ちました。(4187日)
29731日間 生きました。