夢野久作ゆめのきゅうさく
作家、僧侶、詩人[日本]
1889年 1月4日 生
1936年 3月11日 死去脳溢血享年48歳
夢野 久作(ゆめの きゅうさく、1889年〈明治22年〉1月4日 - 1936年〈昭和11年〉3月11日)は、日本の小説家。
陸軍少尉、禅僧、新聞記者、郵便局長という経歴も持つ。
幼名は直樹、出家名は杉山泰道(すぎやまやすみち)、禅僧としての名は雲水(うんすい)、号は萠圓、柳号は三八。
三大奇書の一つ『ドグラ・マグラ』をはじめ、田舎の風土を醸したホラー、怪奇幻想の色濃い作風で名高い。
詩や短歌に長け『白髪小僧』中の神話、『猟奇歌』などに代表される。
絵もよくし、初期には『九州日報』で童話や今でいう一コマ漫画を描いた。
父は政界の黒幕と呼ばれた玄洋社の杉山茂丸。
長男はインド緑化の父と言われる杉山龍丸。
三男は詩人の杉山参緑。
「夢野久作と杉山三代研究会」の杉山満丸は孫。
1936年(昭和11年)3月11日脳溢血で死亡、享年47。
生涯=
1889年(明治22年)1月4日、杉山茂丸、ホトリ(旧姓: 高橋)夫妻の長男として福岡県福岡市小姓町に生まれる。
祖父杉山三郎平から、弘道館記述義、四書五経、謡曲と仕舞を学ぶ。
1892年(明治25年)元黒田藩能楽師範、喜多流の梅津只圓の下、能楽修業に入門。
大名尋常小学校(現福岡市立大名小学校)、尋常高等小学校を卒業。
福岡県立中学修猷館(現福岡県立修猷館高等学校)に入学、宗教、文学、音楽、美術に凝り、テニスに夢中になる。
1908年(明治40年)修猷館卒業。
同年、茂丸が福岡の祖母と母を東京に呼ぶこと ……
夢野久作さんが誕生してから、135年と320日が経過しました。(49629日)
亡くなってから、88年と255日が経ちました。(32397日)
17232日間 生きました。