中野隆良なかのたかよし
競馬調教師[日本]
1940年 11月17日 生 (満84歳)
中野 隆良(なかの たかお、1940年11月17日 - )は、千葉県市川市出身(兵庫県武庫郡鳴尾村 (現・西宮市)生まれ)の元調教助手・元調教師。
父は元調教師の中野吉太郎。
略歴=
父・吉太郎は青森県上北郡大深内村(現・十和田市)出身の騎手で、中野は最初の子供であった。
後に妹、弟、妹と続き、四人兄弟の長男となる。
バリアー式スタートの競馬場で天神乗りによってレースに出ていた吉太郎を、中野は記憶している。
とはいえ、それは鳴尾競馬場で見た記憶ではなかった。
中野が2歳であった1942年に、吉太郎は家族をあげて市川の中山競馬場のすぐ近くに引っ越した。
中野の記憶の中に生まれた鳴尾の出来事は一切残らず、市川市立中山小学校で5年まで学んだ。
その5年頃から、朝早く起きて近所の道のべにある草を朝露に濡れながら刈ったり、馬の世話をした。
すでに調教師になっていた吉太郎の仕事を率先して手伝うようになり、心のどこかに、将来は騎手になりたいという願望があった。
小学6年の1年間だけ、市川市若宮に開校した市川市立若宮小学校の一期生として通った。
その後は市川中学校・高等学校に通うが、この頃に吉太郎が働く競馬の世界が、さほど日本社会から良い印象で認知されていないことに気づいた。
三面記事に、競馬狂いになった人の家族が追いつめられて一家心中した事件が載り、それを読んだだけで、当時の日本人に競馬が嫌なイメージで受けとめられてい ……
中野隆良さんが誕生してから、84年と4日が経過しました。(30685日)