橋田信介はしだしんすけ
ジャーナリスト[日本]
1942年 8月22日 生
2004年 5月28日 死去享年63歳
橋田 信介(はしだ しんすけ、1942年〈昭和17年〉8月22日 - 2004年〈平成16年〉5月27日)は、日本のジャーナリスト、報道写真家。
人物概要=
山口県宇部市出身。
宇部中央高等学校卒業後、郵便配達員として働きながら1970年(昭和45年)に法政大学法学部の夜学を卒業。
同年日本電波ニュース社に入社し、カメラマンとして1972年(昭和47年)ベトナム、ハノイ特派員、1978年(昭和53年)バンコク支局長、1980年(昭和55年)ローマ支局長を歴任。
ベトナム戦争時には空爆を受けている地上側から取材を行った。
1988年(昭和63年)フリーとなり、バンコクを拠点に主にアジアの戦争報道を手がける。
湾岸戦争ではCNNや『ニューヨーク・タイムズ』にスクープ報道を提供する。
カンボジア内戦、ビルマ動乱、パレスチナ内戦、アフガン戦争、ボスニア内戦なども取材し、日本の戦場ジャーナリストのトップランナーとして活動した。
2003年(平成15年)に山口東京理科大学にて講義し、戦場での体験を生徒に半年かけて伝えた後イラクに戻った。
しかし2004年(平成16年)5月27日、イラク戦争取材中にバグダッド付近のマハムーディーヤで襲撃を受け、同行していた甥の小川功太郎(当時33歳)とともに殺害された。
61歳没。
エピソード=
アメリカのイラク攻撃に対しては批判的な態度であり、それに伴う自衛隊のイラク派遣に対しても隊員たちの努力は評価しながらも、アメリカ追随とも言える派遣の判断を下し ……
橋田信介さんが誕生してから、82年と91日が経過しました。(30042日)
亡くなってから、20年と177日が経ちました。(7482日)
22560日間 生きました。