生年月日データベース

三宅艶子みやけつやこ

作家評論家[日本]

1912年 11月13日

1994年 1月17日 死去享年81歳
三宅艶子 - ウィキペディアより引用

三宅 艶子(みやけ つやこ、1912年11月23日 - 1994年1月17日)は、日本の作家、評論家。
人物= 1934年4月16日、公開されて間もないアメリカ映画『生活の設計』について語る座談会が日比谷ダイビルのレインボーグリルで開かれた。
前列左から、林芙美子、三宅艶子、原信子、円地文子、長谷川時雨。
後列左から、長谷川春子、富本一枝、岡田禎子、松山房枝、松山みつえ。
真杉静枝、村岡花子、井上まつ、林芙美子、円地文子、関露、吉屋信子、佐多稲子、宇野千代、三宅艶子ら。
1943年、麹町の吉屋の自宅で撮影。
文化人や芸術家によって結成された「安保批判の会」の安保反対のデモ。
旗の前にいる人物は左から深尾須磨子、青野季吉、野上弥生子、朝倉摂。
その後ろに写っているのは壺井重治、岸輝子、佐多稲子、三宅艶子ら。
昆虫学者・三宅恒方と作家・三宅やす子の娘として東京府に生まれ、文化学院に学ぶ。
阿部金剛と結婚後は阿部 艶子を名乗るが、1958年以後は旧姓の三宅を使用した。
おしゃれ、男女関係、女性の生き方などについて文筆活動を行い、テレビにもよく出演し、人生相談の回答などをした。
1960年代には、アジア・アフリカ作家会議日本評議会の事務長代理もつとめた。
家族・交友= 娘の三宅菊子は母と同じく作家となり、広津和郎の松川事件取材に同行し、元被告の佐藤一と結婚した。
息子は彫刻家の阿部鷲丸(母の代から宇野千代と親しかった)。
著書= 『 ……

三宅艶子さんが誕生してから、112年と139日が経過しました。(41047日)
亡くなってから、31年と74日が経ちました。(11397日)
29650日間 生きました。

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