オト
第7代ローマ帝国皇帝[ローマ帝国]
(ユリウス暦) 0032年 4月25日 生
(ユリウス暦) 0069年 4月15日 死去自殺享年38歳
マルクス・サルウィウス・オト(ラテン語: Marcus Salvius Otho, 32年 - 69年4月16日)は、ローマ帝国の皇帝(在位:69年1月15日 - 4月16日)。
四皇帝の年の第2番目の皇帝。
経歴=
出自・親族=
オト家はエトルリア系の出身で、貴族階級に属したが、執政官を出したのはオトの父ルキウス・サルウィウス・オトをはじめとする。
ルキウス・サルウィウス・オト・ティティアヌス(ドイツ語版)は兄。
なお、父ルキウスはティベリウス帝と親密な関係にあり、過度な愛情が注がれていた事とティベリウスとの物理的な類似性から、ルキウスはティベリウス帝の息子ではないかという噂につながった(噂の真偽は不明。
ティベリウス帝と父ルキウスの親子関係を肯定するならば、オトと父と同名の兄ルキウス・サルウィウス・オト・ティティアヌスはティベリウス帝の孫、ティティアヌスがネルウァ帝の姉妹コッケイアとの間に儲けた息子で、オトの甥にあたるルキウス・サルウィウス・オト・コッケイアヌス(55年頃 - 96年)はティベリウス帝の曾孫にあたることになる。
後にコッケイアヌスは叔父オトの誕生日を祝ったことでドミティアヌス帝によって処刑された。
コッケイアヌスに妻子は確認できず、オトの血縁はコッケイアヌスの代で途絶えている)。
オトは皇帝ネロの第一の親友で、若い頃からの遊び仲間であった。
ポッパエア・サビナの夫であったが、58年にネロがポッパエアとの結婚を望んだため離婚し ……