生年月日データベース

湯浅半月ゆあさはんげつ

聖書学者、図書館学者、詩人[日本]

(本名・吉郎、安政5年2月16日生)

1858年 3月30日

1943年 2月24日 死去享年86歳
湯浅半月 - ウィキペディアより引用

湯浅 吉郎(ゆあさ きちろう、安政5年2月16日〈1858年3月30日〉 - 1943年〈昭和18年〉2月4日)は、明治から昭和戦中期にかけての聖書学者・図書館学者・詩人。
雅号の半月(はんげつ)で知られる。
兄は衆議院議員を務めた湯浅治郎。
同志社大学、国際基督教大学の総長を務めた湯浅八郎は甥(治郎の子)に当たる。
生涯= 上野国碓氷郡安中宿(現在の群馬県安中市)にて、味噌醤油醸造業者・有田屋を経営する湯浅治郎吉・茂世の四男として生まれる。
明治5年(1872年)、家業を継いだ兄・治郎が作った私立図書館「便覧舎」の設置を手伝い、後に同郷の新島襄の影響を受けて兄とともにキリスト教の洗礼を受けた。
1877年(明治10年)に新島が京都に創設した同志社英学校に入学し、1885年(明治18年)に同校普通科ならびに神学科を卒業する。
その卒業式で旧約聖書「士師記」に取材した自作の新体詩「十二の石塚」を朗読した。
同作はこの年に出版され、新体詩運動のさきがけと評価されている。
その後、アメリカに留学してオーバリン大学・イェール大学で旧約聖書および古典ヘブライ語について学び、Ph.D.の学位を得た。
1891年(明治24年)に帰国後、同志社で旧約聖書について講義する。
また1893年(明治26年)には同志社の徽章をデザインしている。
1899年(明治32年)同志社教授を辞任して京都・平安教会の牧師に就任。
1901年(明治34年)には京都帝国大学法科大学講師となった。
その ……

湯浅半月さんが誕生してから、167年と355日が経過しました。(61352日)
亡くなってから、83年と25日が経ちました。(30341日)
31011日間 生きました。

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