生年月日データベース

ヌルハチ

清朝初代皇帝[清]

(ユリウス暦) 1559年 2月21日

1626年 9月30日 死去享年68歳
ヌルハチ - ウィキペディアより引用

ヌルハチ(弩爾哈赤、満州語:ᠨᡠᡵᡤᠠᠴᡳ メレンドルフ転写:Nurgaci)は、後金の創始者。
清の初代皇帝とされる。
君主としての称号は満洲語でゲンギェン・ハン、モンゴル語でクンドゥレン・ハーン、廟号は太祖、諡号は高皇帝である。
なお、明の文献では童奴兒哈赤あるいは佟奴兒哈赤、朝鮮の文献では老乙可赤あるいは奴兒哈赤、清の文献では弩爾哈齊あるいは弩爾哈奇と記載されている。
生涯 女真の統一 満州族の愛新覚羅氏出身。
生まれについては諸説あり、はっきりとは不明である。
ヌルハチが生まれた頃の女真族は建州女真五部・海西女真四部・野人女真四部に分かれて、互いに激しく抗争していた。
これを利用して明は、朝貢の権利を分散させることで飛びぬけて力の強い部族を出さないようにしていた。
具体的な方法としては、建州・海西女真の有力者300名に対して勅書を渡していた。
ただしヌルハチが生まれたときには、土木の変でのエセン・ハーン侵攻にあたって勅書が無資格者の手に渡るなど混乱した上、期待していた防壁代わりに全くならなかった反省から、建州女真1000通、海西女真500通をそれぞれの首長に一括して渡すようになり、若干の権力集中が行われるような政策に転換している。

関連書籍

【Nurhaci】 1559‐1626 中国,清朝の初代皇帝。廟号は太祖。在位1616‐26年。姓はアイシンギョロ(愛新覚羅)。建州女真族の貴族の家庭に生まれ,19歳のとき他家へ婿入りしたが,1583年,祖父と父が明軍に殺されたのを契機に実家の再興をはかった。ヌルハチはまず祖父と父を死に至らしめた張本人である同族のニカンワイランを討って仇に報いてから,女真族の統一事業に乗り出した。建州女真族をほぼ平定し終わったのち,87年蘇子河畔に最初の居城としてフェアラ城(現,遼寧省新賓県旧老城)を築いた。 (引用元 コトバンク)