生年月日データベース

勅使河原蒼風てしがはらそうふう

華道家、草月流 創始者[日本]

1900年 12月17日

1979年 9月5日 死去享年80歳
 - ウィキペディアより引用

勅使河原 蒼風(てしがはら そうふう、1900年12月17日 - 1979年9月5日)は、日本の芸術家。
いけばな草月流の創始者。
1927年草月流を創流。
勅使河原霞、勅使河原宏の父。
現在の家元勅使河原茜の祖父。
「草月」は、勅使河原家の家紋「根笹に三日月」に由来する。
来歴・人物 いけばなにおいて斬新な手法を多く提供し「花のピカソ」と呼ばれた(1955年パリ個展の盛況で、フランスのフィガロ、米タイム誌等でそう賞賛された)。
既存の華道の世界において重要な型を否定、自由ないけばなを提唱したため異端視された。
しかし1957年、フランスから来日した前衛芸術の評論家ミシェル・タピエが蒼風の作品を絶賛し世界に紹介したことにより国際的な評価が高まるとともに日本でも認知されるようになる。
1959年のバルセロナ個展に感激したサルバドール・ダリに自宅に招かれ、流木のオブジェを制作し、柔和な表情のダリと談笑する映像が残されている。
1966年にはミロ展のために来日したミロ夫妻が草月会館に来訪した。
『いけばなは生きている彫刻である』と提言する蒼風は、日本のいけばなを世界に発信した第一人者といえる。

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