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河野洋平こうのようへい

政治屋[日本]

1937年 1月15日 生 (満82歳)

河野洋平 - ウィキペディアより引用

河野 洋平(こうの ようへい、1937年〈昭和12年〉1月15日 - )は、日本の政治家。
衆議院議員(14期)、衆議院議長(第71・72代)、副総理(村山内閣・村山改造内閣)、外務大臣(第122・127・128・129・130代)、内閣官房長官(第55代)、科学技術庁長官(第39代)、自由民主党総裁(第16代)、新自由クラブ代表(第1・3代)を歴任。
2003年(平成15年)から2009年(平成21年)まで日本憲政史上最長の期間にわたって衆議院議長を務めた。
副総理格国務大臣、農林水産大臣等を務めた党人派の実力者だった元衆議院議員の河野一郎は父。
元参議院議長の河野謙三は叔父。
衆議院議員の河野太郎は長男。
従軍慰安婦について述べたいわゆる「河野談話」を発表したことで知られる。
来歴・人物 生い立ち 1955年(昭和30年)、早稲田大学高等学院を卒業し、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学(同級生に福田康夫)。

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こうのようへい [生]1937.1.15.神奈川,平塚政治家。政治家河野一郎の二男。1959年に早稲田大学政治経済学部を卒業し,丸紅飯田勤務などを経て1967年父の死のあとをうけて衆議院選挙に出馬し,初当選。以後10回連続当選。自由民主党では河野派を継承した中曽根派に属し,文部政務次官を務めたが,田中角栄首相の金脈問題をきっかけとして政治浄化,保守二大政党論などを提唱して1976年に自民党を脱党,新自由クラブを結成し,みずから党首となった。しかし新党ブームのあとは低迷し,1985年には科学技術庁長官に就任したが1986年8月に衆参同日選挙の敗北,資金難などを理由に新自由クラブの解党宣言を行ない,自民党に復帰。宮沢喜一派に所属。1992年12月の宮沢改造内閣で内閣官房長官を務め,翌1993年8月には宮沢総裁のあとを受けて自民党総裁に就任した。1994年6月成立した自民党,日本社会党,新党さきがけによる村山富市連立内閣で,副総理および外務大臣に就任し,1996年1月村山首相辞任とともに退任。 (引用元 コトバンク)

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