生年月日データベース

鬼塚勝也おにづかかつや

プロボクシング選手[日本]

1970年 3月12日

鬼塚 勝也(おにづか かつや、1970年3月12日 - )は、日本の元プロボクサー。
福岡県北九州市出身。
WBA世界スーパーフライ級王者として5度の防衛に成功した。
愛称は「SPANKY(スパンキー)K」。
鋼鉄の精神力と鋭いワンツーパンチがなによりの武器であった。
また、シューズやトランクス、ガウン、セコンド着などは全て本人がデザインするなど当時としては大変斬新なボクサーであった。
端整な顔立ちで、女性ファンも多かった。
幼少期は身体も弱く喘息などでいつも苦しんでいた事もあり強さへの憧れが常にあった。
小学校の時から拳一つで強さを証明するボクシングの世界チャンピオンを夢見るようになる。
中学生の時からボクシングジムに通い始め高校で豊国学園ボクシング部に入部。
2年生時にインターハイ・ライトフライ級で優勝。
春休み時に単身上京。
自らの足で東京都内のボクシングジムを回る。
この時ヨネクラボクシングジムでスパーリングしてもらった相手が後の日本タイトルマッチに挑戦した中島俊一である。

■ 映像作品

■ 関連書籍

■ 音楽作品

元世界ボクシング協会(WBA)ジュニアバンタム級(当時)王座。 協栄ボクシングジムの故・金平正紀会長が生んだ最後の世界王者。 本名:鬼塚隆。1970年3月12日生まれ。北九州市出身。 高校2年でインターハイを制し、卒業後プロデビュー。 1989年、全日本新人王獲得。翌1990年10月15日、中島俊一を10回TKOで下し、日本ジュニアバンタム級王座獲得。 1992年4月10日、カオサイ・ギャラクシーの引退によって空位となっていたWBA世界ジュニアバンタム級の王座をタノムサク・シスボーベーと争い僅差の判定勝ちでWBA世界ジュニアバンタム級王座獲得。5度防衛。 ピューマ渡久地、辰吉丈一郎と共に平成の三羽烏と呼ばれ、90年代初期の日本ボクシング界をリードした。 1994年9月18日、李炯哲?との6度目の防衛戦で9回TKO負けを喫し王座陥落。試合後に網膜剥離が発覚し現役引退。 通算戦績 25戦24勝(17KO)1敗 現在福岡でジム「SPANKY・K SACRED BOXING HALL」を開き後進の育成にあたっている。 * (引用元 Hatena Keyword)

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