生年月日データベース

やなせたかし

漫画[日本]

1919年 2月6日

2013年 10月13日 死去享年95歳
やなせたかし - ウィキペディアより引用

やなせ たかし(本名:柳瀬 嵩、1919年〈大正8年〉2月6日 - 2013年〈平成25年〉10月13日)は、日本の漫画家、絵本作家、詩人。
有限会社やなせスタジオ社長。
『アンパンマン』の生みの親として知られる。
社団法人日本漫画家協会代表理事理事長(2000年5月 - 2012年6月)、社団法人日本漫画家協会代表理事会長(2012年6月 - 2013年10月)を歴任。
絵本作家・詩人としての活動が本格化する前までは頼まれた仕事はなんでもこなしたといい、編集者、舞台美術家、演出家、司会者、コピーライター、作詞家、シナリオライターなど様々な活動を行っていた。
生い立ち 東京府北豊島郡滝野川町字西ヶ原(現:東京都北区)生まれ。
父方の実家は高知県香美郡在所村(現:香美市にあり、伊勢平氏の末裔で300年続く旧家)。
父親は上海の東亜同文書院を卒業後、上海の日本郵政に勤めた後、講談社に移り「雄弁」で編集者を務めた。
父親はやなせの生まれた翌年に東京朝日新聞に引き抜かれ、1923年(大正12年)に特派員として単身上海に渡る。

■ 映像作品

■ 関連書籍

■ 音楽作品

マンガ家、絵本作家。本名は柳瀬嵩。1919年2月6日、東京生まれ。高知県香美郡在所村(現香美市)で幼少時代を過ごす。 東京高等工芸学校(現・千葉大工学部)図案科卒業、39年に製薬会社の宣伝部に勤務。41年戦争で召集されて中国へ行き、そこで終戦をむかえる。終戦後は高知新聞社に就職、次に漫画家を目指して上京し三越百貨店宣伝部に就職し、仕事を終えた空き時間でマンガを描いて投稿を続ける。53年にマンガ家として独立したが、しばらくはテレビやラジオ、舞台などマンガ以外の仕事を依頼されることが多かった。 60年、永六輔作・演出のミュージカル「見上げてごらん夜の星を」の美術を手がける。そこで知り合ったいずみたくと組んで、61年に、現在も全国的に親しまれている曲「手のひらを太陽に」の作詞をする。 67年にラジオドラマの脚本として書き、69年に刊行した『やさしいライオン』が初めての絵本。ラジオや絵本、アニメ、レコードなど様々な分野でこのキャラクターが活躍した。 69年、雑誌「PHP」10月号で代表作ともいえる「アンパンマン」が誕生。しかし、この頃のアンパンマンは大人向けで、顔もパンではなく普通の人間の顔だった。空腹の人にパンを届ける、という基本的な設定は現在の「アンパンマン」に通じるものだった。 73年、「キンダーおはなしえほん」(フレーベル館)の1冊として、最初の作品をより子ども向けにした絵本『あんぱんまん』を出版。当初は、子ども向けにしては内容が難解ではないかと、批評家や幼稚園教諭などからの批判もあったが、予想に反して子どもの心をつかみ、人気作品となる。88年には日本テレビ放送 …… (引用元 コトバンク)

連想語句
  • 漫画家
  • 日本
  • 作家
  • 絵本
  • 詩人
  • ライター
  • 協会
  • 法人
  • 理事
  • 社団
  • とき
  • やなせ
  • アンパンマン
  • コピー
  • 代表
  • 作詞家
  • 戦争体験
  • 活動
  • 演出家
  • 編集者
  • 美術家
  • 舞台
  • 軍人
  • 陸軍
  • 高知県
  • なせ
  • シナリオ
  • スタジオ
  • 仕事
  • 会長
  • 出身
  • 司会
  • 司会者
  • 後述
  • 有限会社
  • 本格
  • 様々
  • 歴任
  • 生みの親
  • 社長
  • 脚本家
  • 詳細