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伊東祐亨いとうすけゆき

薩摩藩士、元帥海軍大将、伯爵[日本]

(初代連合艦隊司令長官、天保14年5月12日生)

1843年 6月9日

1914年 1月16日 死去享年72歳
伊東祐亨 - ウィキペディアより引用

伊東 祐亨(いとう すけゆき、天保14年5月12日(1843年6月9日) - 大正3年(1914年)1月16日)は、日本の武士(薩摩藩士)、海軍軍人、華族。
元帥海軍大将・従一位・大勲位・功一級・伯爵。
初代連合艦隊司令長官を務めた。
通称は四郎左衛門、四郎。
号は碧海。
家紋は庵木瓜。
海軍兵学校長の海軍中将子爵・伊東祐麿は兄、弟に海軍大尉・伊東祐道、海軍大佐・窪田祐章。
薩摩藩士・伊東祐典の四男として鹿児島城下清水馬場町に生まれる。
飫肥藩主伊東氏に連なる名門の出身である(伊東祐安の養子で弟の右衛門の子孫という)。
開成所にてイギリスの学問を学んだ。
当時、イギリスは世界でも有数の海軍力を擁していたため、このとき、祐亨は海軍に興味を持ったと言われている。
江川英龍のもとでは砲術を学び、勝海舟の神戸海軍操練所では塾頭の坂本龍馬、陸奥宗光らと共に航海術を学ぶ。
薩英戦争にも従軍。
鳥羽・伏見の戦い前の薩摩藩邸焼き討ち事件で江戸から脱出し、戊辰戦争では旧幕府海軍との戦いで活躍した。
明治維新後は、海軍に入り、明治4年(1871年)に海軍大尉に任官。

■ 関連書籍

連想語句
  • 海軍
  • 薩摩藩
  • 伯爵
  • 元帥
  • 司令
  • 大勲位
  • 大将
  • 大正
  • 家紋
  • 従一位
  • 日本
  • 栄典
  • 武士
  • 華族
  • 親族
  • 軍人
  • 通称
  • 連合艦隊
  • 長官
  • 一級
  • 仮名
  • 伊東
  • 初代
  • 四男
  • 四郎
  • 四郎左衛門
  • 城下
  • 大日本
  • 大綬章
  • 帝国
  • 木瓜
  • 碧海
  • 祐典
  • 菊花
  • 金鵄勲章
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